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昔の歌には楽譜がないので、三蔵爺さんが歌うのを空で覚えるしかありません。
きつねの恋歌は、一度聞いただけで忘れられない旋律でした。
しょう吉たちの歌声は、日を追うごとに遠くまで届くようになり、冬晴れの青い空に恋歌が高く低く流れて行きます。
それは森の空気の色を涙色に変え、葉を落とした木々の枝さえ震えるようでした。
その歌が風に乗って聞こえて来ると、森の住人達は仕事の手を止めて耳を澄まします。
「あれ 誰が歌ってるの?」 「いいね・・・」 「いいよねっ」
「今度ライブに行こうよ」
こんな会話が聞こるようになり、しょう吉たちが歌う“きつね恋歌”の話は口から口へどんどん広がっていきました。
話しを耳にしたコン太パパが 「恋歌やってるんだって? パパたちと一緒にやらないか?」 とアイデアを出してくれました。
スティールギターの音色がせつなさを増し、ぴたっとはまりました。
今風恋歌の出来上がりはとても素敵なものでした。
きつねヶ森に初雪が降りました。
今日はキツネッタホールでのライブです。
マフラーをグルグルまきにしたウサギや、ちゃんちゃんこを着込んだ狸、ふかふかの耳当てをした狐たちで大入り満員でした。
しょう吉たちは弾ける曲を立て続けに演奏し、汗を飛び散らせてステージを動き回りました。
大きなスピーカーからの音の渦の中でお客さんたちは総立ちです。
歓声と一緒に、紙吹雪やどんぐりやらラブレターの葉っぱがメンバーの上に降ってきます。
金次もまさおも笑っています。
しょう吉はしろ尾と満足そうにうなづき合いました。
「最後の曲になりました。 こころを込めて歌います。 きつね恋歌です」
金次が曲の紹介をすると、会場は水を打ったように静かになりました。
歌はしょう吉たちのマイクから客席へ広がり、ホールの窓の隙間から外へも静かに流れ出します。
昔々のせつなく悲しいきつねの恋物語。
ウサギが赤い目をますます赤くして泣いています。
しょう吉パパたち狐は、尻尾で誰にもわからないように涙を拭いています。
三蔵爺さんは目を閉じて聞きいっていました。
恋歌はきつねヶ森全体を覆い、降ったばかりの雪にそっと混じってゆきます。
雪の結晶がきらきら光りしょう吉たちの目に映りました。
「ちっきしょう 泣けるぜっ」
「おうよっ」
『君帰る山に 映るは夕焼け
呼べども 声返らず
君渡る川に 流るるは朝焼け
行けども 見当たらず
風に 露に 足跡すくわれ 雪に埋もれる
君の名を 我 忘れず 果てるとも ここで歌う
君呼ぶ草原に 揺れるは花影
花摘むも しろき手はなく
君歌う葉隠れに 誘うは月影
呼び歩くも 微笑はなく
空に 地に ひざまずき 陽に枯れる
君の名を 我 忘れず 果てるとも ここで歌う』
−終−