きつね恋歌

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「俺たちはこれからだ、ここから走るぜっ!!」 

「おぉっ~!」 

演奏会当日の朝、金次たちは円陣を組んで大きな声を出しました。

「あれっ しょう吉 その手どうした?」

「どうした?」 

「大丈夫か?」 

みんなの目がしょう吉の右手を見ました。

手には白い包帯が捲かれていたのです。

「おうっ なんでもない。本番の時には外すから。」 

包帯の下の指からは血が滲んでいたのですが、しょう吉は平気な顔をして見せました。

ホールにはぞくぞくとお客さんが入り始めていました。


いよいよ“run”のステージが始まり最初の音がホールに「ぐわぁぁぁぁん」と響くと、後はみんな夢中でギターを弾き歌いました。

ライトに汗が光り、きらきらと飛び散ります。

2曲目が終わりに差し掛かった頃、お客さん達がなにかヒソヒソと話しているのが金次の目に止まりました。

しょう吉を指差して話しています。

「しょう吉 指っ 血ぃ 出てるぞっ」 

しょう吉の肉球は毎日の練習ですっかり皮がめくれていたのです。 

今の演奏でまたそこから血がにじみ、ポタポタと落ちていました。

「なんでもない 続けろっ」 

しょう吉はまっすぐ前を向いています。

「次の曲は・・・」

ドラムがリズムを叩きだし、小気味の良いベースが絡みます。

金次としょう吉のギターも弾けました。

最後の音が金次のギターから消えると、あたりはしーんとした空気に包まれました。

「オレら すべった?」 

「受けなかったとか?」 

小声で話しながらお辞儀をし、顔を上げたしょう吉達に大きな拍手が聞こえました。

狸はお腹を叩きながら、狐はふさふさの尻尾を振りながら、拍手をしています。

「ピューピュー!!」 「きゃぁ~」 

口笛や歓声がステージ届きました。

「やったなぁ」 

「おうよっ」 

しょう吉たちの尻尾も興奮のあまりにピンと立ち、ゆらゆら揺れています。

会場の片隅で見ていた年寄り狐が、感心したようにつぶやきました。

「狐の学校から音楽隊が出たんじゃな?」 

「今度老狐ホームで歌ってもらうかな・・・」



初めてのライブは大成功でした。

あちこちのライブハウスに出演し、その度に少しずつファンを増やしていきました。

ある日、いつものカフェで次の曲の相談をしていたしょう吉達に、三蔵爺さんが声をかけてきました。

「狸ホールて゛の演奏は、なかなか良かったな」

「ええっ?」 

びっくりしたしょう吉たちは立ち上がり、思わず気を付けの姿勢で声を揃えて言いました。

「ありがとうございま~す」 

お辞儀をし顔を見合わせハイタッチ。尻尾もびしびしと打ち合わせました。

「お前達、狐歌は歌わんのか?」 

「きつねうたぁ?」 

「昔の歌ですよねぇ?」 

「なんか聞いたことあります」

「なんだ 知らんのか。」 三蔵爺さんは歌い始めました。

それは少しだけ物悲しく、それでいて心に何かがしいんと滲みる歌でした。

決して大きな声で歌っているわけではないのに、その声は木々の間をすり抜け、またしょう吉たちの耳元に返ってくるようでした。

そこにいた全員が耳をぴんと立てて聞き入りました。

「恋の歌ですよね?」 金次が尋ねると、

「そうだ 昔々もっと昔の悲しい恋の歌だよ。歌ってみるか?」

「教えてください」 

「歌いてぇ」 

「いいな これ」 

「よくわんかんないけど じーんとするっ」 

全員一致で教えてもらうことになりました。