泣かれた夜

学生時代に付き合っていた同い年の彼、卒業して就職して仕事に慣れたら結婚しようと約束してました。

 無事に卒業し、それぞれが就職しました。彼は家具職人、わたしの職場は店舗のリフォームなども手がけてましたけど、展示会のブース作りなどが主でした。
 新入社員のわたしにも小さな腰袋が与えられて、その中に金槌やバールやネーム入りのメジャーを入れ、それを腰にぶら下げて歩くのがとても嬉しい事でした。
 展示会の設営には、事前に施主との打ち合わせ 図面引き 業者さんへの資材の発注 職人さんの手配などいろいろな手順が必要なことを先輩の後をついて歩きながら学んで行きました。
大きな展示会場での設営は深夜までかかる事も度々でした。
みんなと一緒に徹夜の作業もしました。広い会場の中をてくてく歩き回り、資材を運び、朝になってふらふらになってもそんな仕事が好きでした。

 今のように携帯などなかったから、そんな状態の中でのデートはいつもわたしが遅刻してました。少しずつ少しずつ小さな諍いが起きるようになって、ある日決定的なひと言が別れの引き金になりました。
「すぐに壊してしまうような仕事 やめちまえ」
そう 展示会のブースは会期が終わったら取り壊して撤去されます。作っても作っても後に残る仕事じゃない。片や彼の仕事は家具作り、大事に使えば一生物でもありました。
私は好きでやっている仕事を否定され、自分を否定されたように感じたんだと思います。
その頃には小さな現場を任されるくらいになっていましたから、楽しくて仕方なかった時期でした。
自分を解ってもらえない人と結婚できない。
何日も何日も考えてたどり着いた結論でした。

 彼のアパートの階段を登りながらわたしは彼にもらった指輪を外しました。
暗い階段で指輪が手から落ちてしまい、探しても探しても真っ暗な中ではみつからなくてとうとうそのままドアを開けました。
その日熱を出して寝込んでいた彼に向かって、私は別れを切り出しました。
私の指にもう指輪がないのを見て、彼は泣きました。
ぽろぽろ涙をこぼして泣きました。

 あの時あんな状況で言い出さなくても良かったんじゃないか・・と思います。
それぞれがナイフだったあの頃、深く傷つけあった夜でした。